お産当日のこと   

2008年 06月 25日

このブログ、『明日香医院』で検索してきてくださる方がいるのですが、
お産当日のことをまだ書いていなかったので、書いておこうと思います。
(2009年2月12日に書きました)

妊娠38週目のブログをアップしたすぐ後のことだったと思うのですが、
実は予定日の1週間前に高位破水をしました。
破水にはいろいろあって、バケツをひっくり返したように羊水が流れ出る場合もあるのですが、
私の場合はほんの少量の羊水が出て、穴がうまくふさがったのか、
その後は全く出てこなくなりました。
少量の破水の場合、破水であることに気がつかない場合もあるみたいですが、
気がつかないでお風呂に入ってしまったりすると細菌に感染してしまう場合もあります。
「破水じゃないかも」と思いながらも産院で診てもらったら、検査結果は陽性でした。
その時点で私の子宮口はまだまだ硬く、とても赤ちゃんが産める状態ではなかったので、
抗生物質の点滴を何日か受け、お風呂は禁止(シャワーはOK)で
毎日お散歩しながら自然な陣痛が来るのを待つことになりました。

その後、予定日の6月21日くらいにおしるしのようなものがありました。
そして出産日の前日、子宮の収縮するような痛みを感じ始めました。

その日は、双子の妹のぴの子がお散歩に付き合ってくれていました。
ランチを食べているくらいから、子宮の収縮を感じ始めました。
夕方になるとその間隔は徐々に短くなっていって、
さすがにその日は夕食は作れないということになって宅配の釜飯を取りました。

7時ごろ、ナン太さんが仕事から帰宅。
ごはんを食べている間に痛みの感覚が10分おきくらいになったので産院に電話してみたところ、
「まだだと思うけど、とりあえず来てみてください」と助産師さんに言われ、
ナン太さんとタクシーで向かいました。

病院っぽくなく、おうちのような明日香医院。
夕方以降には行ったことがなかったのですが、
妊婦さんたちが帰った後の明日香医院はとても静かでした。
そこでしばらく待っていると、9時ごろでしょうか、
突然陣痛に苦しむ妊婦さんの声が聞こえてきました。
そしてそれから約30分後、赤ちゃんの産声が聞こえました。
後から知ったのですが、一緒に入院期間を過ごしたOさんのお産でした。
初産なのに陣痛開始から30分くらいで生まれ、超安産だったそうです。
陣痛の間隔があいていたのでのんびりしていたら、タクシーの中で陣痛の間隔がどんどん縮まり
あやうくタクシーの中で出産するところだったとか。
こわいけど、ある意味うらやましい・・・。

結局、私のほうはその日は生まれそうになく、
赤ちゃんの心音を確認しながら朝までナン太さんと少し横になることになりました。
その間も子宮収縮の痛みはあったのですが、明け方には遠のいていました。

次の日の朝、明日香医院で朝食を頂き(夫は外でドーナツ)、
陣痛ピザ屋(ここのピザを食べると安産になると言われている)までお散歩に行くことになりました。
妊娠中は食事制限をしていてピザなどは食べられなかったので、
陣痛ピザ屋へ行ってからお産をすることを夢見ていた私でしたが、
正直、この頃にはそんなことはどうでもよくなっていました。
でもお天気はよかったし、おいしいものを食べにお散歩に行くにはいい感じの日でした。
往復4時間のお散歩を終える頃には結構強い子宮収縮の痛みが戻っていました。

明日香医院に戻ると先生が「がんばったねぇ」と迎えてくださり、
診察を受けると、嬉しいことに子宮口は7~8センチくらい開大していて、
「うんうん、ちろさん産めるわよ~」と先生に言われました。
ところがここで、すごく残念なことが発覚。
なんと赤ちゃんの回旋が逆になっていて、そのままでは産めないとのこと。
赤ちゃんが逆回旋している場合、①普通の数倍くらい強い陣痛で産み出すか
②陣痛によって回転を正しい方向に戻してから産むという2つがあるらしいのだけど、
先生によると私の体と赤ちゃんの大きさなどから考えて、①は無理。
だから②で産むことになりました。
しかし②で産むにしても強めの陣痛が必要、ということで、説明を受けた後に
「明日まで強めの陣痛が来るのを待つか、
今から陣痛促進剤を使うか選んでください」と言われました。
私の場合10日ほど前に破水していたこともあり、
翌日まで待たずに陣痛促進剤を使うという決断を下しました。
陣痛促進剤を使うことは一般的には珍しいことではないと思いますが
例えばこの病院だと2~3人に1人は使う)、
赤ちゃんにも妊婦さんにも負担が大きいため、大野先生はとんど使いません。
(子宮口が開大しても陣痛が弱いときや回旋が逆の時などのみで全体の6%くらい。
 詳しくは『分娩台よ、さようなら』を読んでください)

そんなわけで夕方5時くらいから促進剤の点滴を始めました。
その途端、陣痛が急にすごーく強くなりました。
叫ばずにはいられないくらい。今考えると、促進剤使ったからあんな痛かったのかもね。
もちろん分娩台でのお産ではないので、畳の上でビーズクッションの上に体を乗せ、
向かいに座っているナン太さんの腕を痛いほど強くつかみながら汗だくでがんばりました。
それから数時間、「もうすぐ生まれますか?」「あと何分くらいで生まれますか?」とか
意味のない質問を5分おきくらいにしていました。
もっと暴言をいっぱい吐いたので、分娩室に笑い(失笑?)がおきていました。
ベテランの助産師さんのOさんが痛みを和らげようと腰の辺りをさすってくれるのですが、
本当に上手でした。
ちなみに病院によっては陣痛の間一人でほっておかれるという場合もあるみたいですが、
明日香医院では助産師さんが終始付き添ってくれていました。

陣痛の間、助産師さんに質問をしてみたら、
「頭が見えてから赤ちゃんが出てくるまで10分くらいはかかる。
人によっては頭が見えてから1時間くらいかかる」とのことで、
陣痛の間、頭が見えてくるのが待ち遠しかったです。

途中で先生が下りてきて確認してくださったところ、
回旋は戻っていてこのまま産めそうだということになりました。

そして事態が大きく動いたのは9時過ぎのことです。
助産師さんに、「足をちょっと動かせる?」と言われ、
移動した瞬間、股の間に赤ちゃんの頭がストンと落ちてきた感じがしました。
なんか生まれそう!?と思いながらも、
私は「これ痛くない人いたらおかしいでしょ~」とか訳の分からないことを言っていました。
2人いる助産師さんの一人が先生をあわてて呼びに行きました。
そしてそれから3回くらいいきんだら、赤ちゃんが出てきました。

お産の時には、赤ちゃんが生まれてきて感動して涙するみたいのをイメージしていた私でしたが、
自分の時にはそんな余裕はありませんでした。
それより全力で大きな仕事を成し遂げたみたいな感じで、
さわやかな疲労感と達成感ばかりがありました。
赤ちゃんにも「がんばったねぇ」と声をかけました。
ナン太さんの目にも、涙は1滴も見えず、にこにこしていたと思います。

生まれた後、先生が「ちろさん、努力賞だよ~」と言って下さり(感激!)
「まだ体力少し残ってる感じだもんねぇ」と助産師さんに話しかけていましたが、
私の「もう死んじゃう」とか叫ぶ声を聞いていた助産師さんは
苦笑いされているように見えました・・・。

生まれた時間はその日の満潮の時刻ぴったりで、21時42分でした。
入院の時に送ってくれたタクシーの運転手さんが、
「満潮の時刻に生まれやすいんだよ」と言っていましたが、
ぴったりだったので、驚きました。

その後、ナン太さんがへその緒カットをしたあと、
会陰縫合や、胎盤を見せていただいたりしたのですが、
会陰縫合はほとんどと言っていいほど痛くありませんでした。
陣痛が痛すぎたのか、麻酔的な役目をする脳内物質が充満していたかどっちかだと思います。
会陰縫合の糸は溶けるので、後日抜糸などする必要はありませんでした。

お産の2時間後くらいにトコちゃんベルトをしていただきトイレに行くことになったのですが、
あまりの疲労感でズボンを下ろす前に倒れそうになりました。
目がちかちかしてあわてて「Tさん、Tさん~」と助産師さんを呼び、
そのあと記憶が飛びました。気がついたときには助産師さんに支えられていました。
(分娩室の近くにあるトイレは外からでも鍵が開けられるようになっています)
お産ってそれほど体力を消耗するものなのだと実感しました。

ぐっすり眠れたのは産後の初日だけ。その後は母乳でまた眠れない日が続くのですが、
明日香医院のお食事はうわさ通り、本当に本当においしかったです。
明日香医院食堂があったら、私は毎日通ってしまうと思います。
味だけでなく、お産の達成感と赤ちゃんを横に寝かして
すてきなお庭を眺めながら食べるからかもしれませんね。

明日香医院のお産、結局陣痛促進剤を使うことにはなってしまいましたが、
陣痛促進剤を使うタイミングは破水の直後とかではなく、
自然な陣痛が来て子宮口が開大してからだったので、意味が大きく違います。
私の場合はトラブルが多かったから、
別の病院で産んでいたら帝王切開や吸引になっていたかもしれません。
明日香医院で生んで本当によかったなぁと思っています。
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by korochan-mama | 2008-06-25 11:23 | 明日香医院でお産

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